そして、バブル崩壊後の2000年頃に話を戻します。金融機関の破綻から連鎖して、たくさんの企業が倒産してしまいました。
この頃までは株主よりも、金融機関からの融資で資金をやりくりしていた割合が今より多かったのです。持ちつ持たれつだったのに、しかしバブル後に銀行は簡単には企業にお金を貸さなくなってしまった。企業も、政治も、これまでのやり方では経済を動かしていけない、どん詰まりだ、まずい、どうしよう…と悩みます。そんな時代が、2000年頃でした。
そして「ダイバーシティ」(多様性)への転換
日本経済を担う人々が考えたうちの一つは、「あれっ?もしかして、今まで皆がみんな同じようなやり方だったから、こんなにいっぱい企業が倒産してしまったんだろうか…?」
要するに、政治と多くの企業が「仕事一筋の健康な男性メインの、献身的ながんばり」に依存する、同質的な価値観、同質的な経営、同質的な「会社と運命を共にする」ような働き方を採用していたから、みんな一様にダメージを受け、回避できなかったのではないか…?と。
同質であるべきと信じて働いた人々。もちろん経済がきらびやかに盛り上がって、楽しく、輝いたときもありました。しかしその終焉と共に、日本経済の質が180度変わり(社員よりも株主重視へ)、大量の解雇と終身雇用の撤廃、貧富の差の拡大、会社と人の信用関係が薄れたにも関わらず身を捧げるような働き方を変えられず、時を同じくして「うつ病」という言葉が全国にあっという間に広まったというのは、決して無関係ではないでしょう。
同質性の反対語は、多様性です。
生き物が環境に適するために多様に変化してサバイブしていくことを指す「生物多様性」になぞらえてみると、わかりやすいですね。様々な性質を持つ個々がいてこそ、生物全体として生き永らえることができる。
ここでまた先述の日経連の報告書を見てみると…
▼ダイバーシティとは「多様な人材を活かす戦略」である。 従来の企業内や社会におけるスタンダードにとらわれず、多様な属性(性別、年齢、国籍など)や価値・発想をとり入れることで、ビジネス環境の変化に迅速かつ柔軟に対応し、企業の成長と個人のしあわせにつなげようとする戦略。
日経連ダイバーシティ・ワーク・ルール研究会報告書(2001)
前回と比べ、この文章の印象が変わってくるのではないでしょうか。世の中の背景を知れば、必ずしも人権的な意味合いで言われているのではない(ちゃんと「戦略」としている=企業の生き残りや価値創造につながる意図である)ことが、よくわかります。そして、リンク先ページの下部には、同質偏向への反省がきっちりと書かれています。
ダイバーシティ推進とは、イコール女性登用のことなのか?
そして2008年のリーマン・ショックからの経済危機を経て、2015年に「すべての女性が輝く社会づくり」(当時安倍首相)をコピーに、女性活躍推進基本法が、2019年に改正法が公布されます。女性活躍推進法として施行されたもののねらいは、上記ダイバーシティワークルール研究会報告書の戦略が意図するところとほぼ同じなので、いまだに「ダイバーシティ実践」をイコール「女性活躍推進法に則り、女性従業員や管理職の割合を増やす義務」ととらえる企業もたくさんあります。勢いと団結力のあった時代を経ていますから、同質性を重視する空気がまだ、残っているのですね。
しかし、ただ義務的に数字だけ女性の社員や管理職を増やしたところで、「“いわゆる男性”と同じ働き方・考え方」を求める同質的文化である限り、2001年の困った状態と何ら変わりありません。
もっと言えば、本来豊かな個性を持っている男性ひとりひとりを含め、「全員に同質的であることを求める」空気が会社の中にある限り、企業が生き延びるために活かせる、個々の多様な力は発揮されません。
何が問題であったかと聞かれると、私は、この画一性、同質性、「みんな同じ」「こうあるべき」を自ら課してしまったことであり、想定的役割に合わない人をジャッジして疎外する文化であったかと思います。人が生きるためではなく、ある一定の集団を生かすための、全体主義的な要素と言えるかもしれません。
女性がいると会議が長引くといったことをある政治家が言っていましたが、ある会議(会合?)が時間的に短くて済むのは、同質性による「察し」「暗黙の了解」「言葉を飲み込む空気」があるからであって、「ここに課題があるのではないか?」と指摘できる人間がその場にいるかどうか、なんとなく流れで決まりそうな瞬間に「ちょっと待ってください」「何かおかしい」と言える人がいるかどうか、自浄装置が働くかどうかが実は企業価値にはとっても重要なのです。
企業CMが差別的表現などで炎上してしまった時「なぜ社内でOK出てしまったのか、なぜ止められなかったか」「普通に考えたらわかることなのに」、という話で例えられるように。
性別などの外的属性に関係なく、その、一見会議で「和を乱す」ともいえる要素こそが実は企業を救う、実は価値になる可能性があるということ、だからそういうことを言いやすい空気を作りましょう(=心理的安全性を大事にしよう)がセットになって、実はここ4年くらいでダイバーシティ実践への考え方自体は現場ではとても進んでいます。
その理由には、たぶん(みんなのあこがれ)Google社が「生産性を上げるために心理的安全性が必要」と研究・発表したおかげと、ワークライフバランスという言葉が輸入されたり、幸福に関する研究が進んできたことが重なっているかもしれません。
2021年時点でもっとも進んだ(経済目線の)ダイバーシティ、D&Iとは
ゆえに本当に企業の価値のことを考えるのならば、ダイバーシティといえば女性活躍という、そんな社会的な性別というレベルの話ではもう、ないんですね。はるか昔といっていいかもしれません。
その意味をこめて、心理的に安全な労働環境を作り、多様な属性の人の多様な中身を活かして、価値につなげていこう、と考えている人たちは、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)という名称を好んで使っています。
属性的に男性、女性、障害者、外国人、高齢者、性的マイノリティの人たち…を、形だけ雇うのではなく、その全ての人の多様な「中身」=個性、価値観、才能を活かしていこう。尊重しあおう。それによって個々が幸せに働いて、企業価値につなげていけるはず。それが、2021年現在に本当に実現を目指す人たちが考えるD&Iです。(画像1,2枚目)
私は、政治経済でみるダイバーシティの、現状の理想はこの「人も企業も活きる」人と組織の共生形(従属ではなく対等)であると考えています。(画像3枚目)
みんなの個性を活かそう、会社と人は対等だよ、これはとても素敵な形だと個人的に感じます。ダイバーシティの意図するところは好きですし、色々な会社さまで私は進んでこれらの図をお伝えしています。
しかし、先ほど述べたように、経済の在り方で考え方や価値観が10年単位で変化するのであれば、今現在の(一見、人権保護とも整合する)この政治経済視点のダイバーシティは、また変化する可能性があるとも考えています。もしかしたら、まったく意外な方向へ。
その場合、どうしたらいいのでしょうか。
次回は「人権視点からみるダイバーシティ」です。
(第4回へ続く)
参考資料
・東京労働大学総合講座 人事管理・労働経済部門(労働政策研究・研修機構)2017
・性別定年制の事例研究
・厚生労働省「女性活躍推進法」各関連ページ
・株式会社オカムラ Work in Life Labo ダイバーシティ研究チーム活動レポート(2018)
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