前回まで、政治経済目線のダイバーシティと、人権(人間平等)目線のダイバーシティについて書きました。ここまで基礎知識的なことでしたが、今回からカテゴリーをしぼり、SOGI目線でのコラムになります。
ここで自己紹介になりますが、私(おおばやし)は、ウェブ広告代理店にデザイナーとして7年勤める中で、周囲の仲間が職場の人間関係などにストレスを抱え心身を病んでいく状況に悩み、おかしい、なんとかしたい、働く人が病んでいく日本の状況を変えていきたいと思い、「人がほんとうに幸せに生き働くためには」のヒントを得るため、幸福度世界一の国フィンランドの専門職大学(ソーシャルサービス科)を受験し、現地で5年通いました。
大学やフィールドワークでさまざまなことを学ぶ中で「互いが互いの個性を尊重できるコミュニケーション」や「人の創造性を活かすこと」に興味を持ち、『15分で場の体温を2度上げる』コミュニケーションカードツール(Cx3BOOSTER®)などを開発、フィンランドと日本で起業をし、帰国してその事業を続け今に至ります。
フィンランドをはじめEU圏内でソーシャルワーカーとして働ける資格を持ってはいますが、何より個人的な思いから、日本にいても心は世界目線のソーシャルワーカーでありたい、世界人権宣言に代表される人権感覚(人間平等)を忘れずに仕事をしたいと、浅学ながら東洋哲学も学び、日本で日本の良さに着目することも大切にしつつ「人間平等という感覚からのダイバーシティ」「職場から実現できる、人を活かし組織力も高めるウェルビーイング」の実現へ向け、試行錯誤をしています。
「ソジテツ®」も私がメインとなり2020年に仲間たちの協力を得て開発した、人生や性の多様性をテーマにしたフェアで安全な対話が可能になるツールです。
簡単には「人の自然体をエンパワーする」「個と全を活かす」が私の取り組んでいることで、ご縁で企業や大学からメンバーが集うダイバーシティ研究チームに加えていただき、自分の本業とあいまって、現在自分の法人の研修コンテンツとして、企業内でのダイバーシティ実現がひとつの専門となっています。
このような経歴から私は、職場で「“本当に”多様性を活かすための」ダイバーシティ関連で、色々な企業さまの中でお話や研修をしたり、取り組みが先進的な企業さまへインタビューをさせていただいたりしているのですが、本当のダイバーシティ実現には本当に様々な困難さを感じています。
“本当の”というのは、見せかけではない、「ただ単純に多様な属性の人を雇う」(ダイバーシティ)ではなく、「あらゆる人の個性を受け入れ活かそうとする」(インクルージョン)ということです。 ※D&Iコラム第2回参照
この実現には本当に色々なレベルの難しさがあるのですが、今回のテーマである性の多様性に関連することでふたつ挙げますと、
①「いてもいいんじゃない?」というタイプの課題と、②「自分は当事者ではないから…」タイプの課題です。そして両者の根底にあるのは同じ課題ではないかと考えます。
①「いてもいいんじゃない?」ひとごとな(上から目線の)ダイバーシティ
私自身は性の多様性のみに関する研修はあまり行わない(包括的な多様性を扱うため)のですが、LGBTQ+のことや女性の体(妊娠や更年期など)について取り組む友人知人はかなりいて、彼ら彼女らからよく聞くのは「研修で知識としてはなんとなく理解してもらっても、響いている感じがしない…」「全然、自分ごとにしてくれない」というものです。
会社の研修で、必須として、「LGBTQ+という人々とは、抱える問題とは」や「女性が職場で抱える問題とは」を1時間、長くても2時間、有名講師から座学で受けて、それで終わりとしてしまう。実にならない。結局、セクハラやSOGIハラをしてしまう空気は変わらない。
※SOGIハラ⇒SOGIハラスメント。相手の性的指向や性自認に関する侮辱的な言動で、本人の合意なく性的マイノリティであることを周囲に暴露するアウティングと共に、パワハラとして該当されることが2020年パワハラ防止法案の中に制定された。
(SOGI=性的指向や性自認。どういう性別の人を好きになりSexual Orientation、自分の性別をどうとらえるかGender Identity)
参照記事:https://news.yahoo.co.jp/byline/matsuokasoshi/20200601-00181222/
例えば同性愛者など性的マイノリティの方々に対する知識、あるいは女性特有のテーマについての知識を、なじみのない(あるいは正しい知識を学ぶ機会のなかった)世代の方に伝えても、「なるほど(情報として)わかった。でもまあ、うちの職場には同性愛者はいないから」「まあ、そういう人たちがいても(現状実害はないし)いいんじゃない?」「うちの職場は十分理解があるほうだと思う」「女性だってうちではいっぱい働いている」「昔よりずっと自由な人が実際いるじゃないの」という反応があることは、伝える側としては非常に残念でもどかしいものです。
まず、女性あるいは男性の体(男性にも更年期があります)、妊娠出産などの課題はいまだ公に語ることが憚られ、進んではいるものの理解やインクルージョンは十分ではないでしょう。
そしてマイノリティに関する問題は世間に様々ありますが、同性愛者に関していえば、例えば「日本にいる外国人」という目に見えるマイノリティなどと比べ、わかりにくい性質のマイノリティである、というのが大きな難しさのもととなっています。
すでに職場にいて、仲間として現場をまわしているが、パッと見でも、何年一緒にやってきても、そんな性的指向の人がいるとは見えない。当事者自身が、(「私は男性ですが女性が好きな異性愛者です!」と異性愛者があえて自己紹介しないように)選択して言わないケースも、カミングアウトしたくても差別される恐怖心などからできないケースも含め、性的指向もその表現方法も多様であるがために、どうしても実態の数はわかりません。数という問題でもないのですが、多くのケースでいないことにされている。
ですから、当事者がひたすら隠したり耐えているということも知らず無意識・無遠慮に「彼氏(彼女)作らないの?」「なんで結婚しないの?」「もしかしてソッチ系?」「(男/女なのに)そんなものが好きなの?」といった言葉を投げかけてしまったりするSOGIハラ現象が起きてしまうわけです。
今すでに社会の中にいて、働いたりしているのだから、問題ないのではないか?機能しているのではないか?というのは必ずしも正しくはなく、見えない課題が確かにそこにはあります。たとえば人口比で5-8%(左利きと同程度)いるとされる同性愛者は自殺リスクが異性愛者と比較し6倍(自殺者全体に占めるLGBT の割合は、24~34%)にものぼると言われています。その要因として、自己否定感や偏見や差別、社会との繋がりや安心感の欠如、貧困などが挙げられます。
人権的にいえば自由や尊厳が侵害されている状態であり、政治的にいえば社会的損失が年間3,500-5,000億円ともされています。
「LGBT差別による社会的損失」
https://jss-sociology.org/research/91/file/181.pdf
ここであらためて、
なぜ、私たちは性の多様性(平等)を目指すのか。そうしなければならないのか、考えてみてもらいたいと思います。上にあげた人権や社会損失のほか色んな言い方ができるでしょうが、もしあなただったら「そういう人(LGBTQ+が)いてもいいんじゃない?」「うちの職場は理解があるほう」「女性だっていっぱい働いている」と言う人に、何をどう伝えますか?
次回は、もうひとつの
②「自分は当事者ではないから…」という遠慮 について書きたいと思います。
(第2回へつづく)
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